12月15日 (2009年) 


 12月15日、慶北イェチョンに暮らしていたキム・オクソンハルモニが亡くなられました。

 今年は例年に比べいったいどうしたことかと驚くほどハルモニたちはもちこたえていたのですが、日本で続く意見書可決や政権交代といったニュースがハルモニたちに希望をあたえその命が少しでも伸びていたのでは……と思っていた矢先です。

 ハルモニは1923年に慶南で生まれました。
 1939年に台湾に連行され約7年間慰安所で生活し苦痛の日々を過ごしました。
 慰安所で失神するまで殴られ、戦争末期には日本軍から自殺を強要されたと証言されていました。
 解放の翌年に帰国し、慶南地域に暮らしていたハルモニはアメリカの大学での証言集会に参加し辛い経験を話して日本政府の問題解決を求めていました。

 これまで老衰と持病のため一年ほど入院していましたが、亡くなる少し前に股関節の手術を受けた後、気力を回復できずこの世を去られました。

 ハルモニの最後が寂しくないよう、皆さんもお祈りください。


   9月30日
日本大使館の非礼な仕打ちを許すな!
~首相・外務省に要請・抗議の声を~


 こんなことが許されてよいのでしょうか?!

 みなさんご存知の通り、ソウルの日本大使館前では、1992年1月より、毎週水曜日正午から1時まで、日本軍「慰安婦」被害女性のハルモニたちが、支援者の皆さんとともに、問題の解決を求めて集会(水曜デモ)を開いておられます。

 9月30日、第885回目の水曜デモのあと、その事件は起きました。
 10月8日の鳩山首相訪韓の折、短時間でもいいから鳩山首相と面会したいとハルモニたちは切望していました。「生きているうちに謝罪を、問題解決を」と願うハルモニたちにとって、新しい政権に対する期待は高まり、そのことをたとえ1分でもいいから直接首相に会って訴えたいと思うのは当然のことです。そこでハルモニたちは面談要請文を作り、水曜デモの後日本大使館に届けに行ったのです。
 ところがあろうことか、日本大使館は受け取ろうとしないばかりか姿も見せず、「言いたいことがあるのならガラスに向かって話せ」と言ったのです。そのガラスとは黒いフィルムの貼ったスモークガラスで、声が通るように一応小さな穴が空いているものの、中にいる人の姿は全くうかがい知れません。もちろん大使館の職員は、カメラ等で外の様子はしっかり把握しています。
 なんという仕打ち、何たる非礼でしょう!
 これまで心に傷を抱えながら闘ってこられたハルモニたちの心のうちを思えば、とても耐えられません。どれだけ憤慨し、どれほど絶望されたことでしょう。
 それでも、キル・ウォノクハルモニはその黒いガラスに向かって、「自分たちはこんなに老いてしまったが、日本が新しい政権になって、この機会に自分たちの問題を解決してくれることを望んでいます。どうかよろしくお願いします」と懇願されたそうです。
 日本大使館はそれに対して返事もなく、持参した要請文も「そこにおいておくように」とだけ言われ、最後まで手渡すこともできませんでした。

 日本大使館のとった行動は、まさに人間として恥ずべき傲慢さです。どれだけ被害女性の心を踏みにじれば気が済むのでしょうか。
 絶対に許すことができません。


《首相官邸への要請・抗議はこちらから》
《外務省に対する要請・抗議はこちらから》
関西4団体連名の怒りの抗議文はこちら(日本軍「慰安婦」被害女性と共に歩む大阪・神戸・阪神連絡会/日本軍「慰安婦」問題関西ネットワーク/在日韓国民主女性会大阪本部(ヨソンフェ大阪)/「慰安婦」問題の解決を求める北摂ネットワ-ク)
「3月行動を呼びかける女たち」の申入書は、質問・要請文になっています


   9月16日
民社国連立政権にハルモニたちの声を届けよう

 先の総選挙で自民党が大敗し、民主党・社民党・国民新党の連立政権が誕生しました。この歴史的な出来事は日本では連日大きく報道されています。しかし新政権が世間をにぎわせているのは日本国内だけではありません。お隣の韓国をはじめとして、近隣アジア諸国でも大きく注目されています。
 とくに日本軍「慰安婦」被害女性の方々は、新政権を大きな期待を持って見ています。被害女性はこの18年間、日本政府に対して謝罪と補償などを求めて闘ってこられましたが、自民党政権は被害者の声に全く応えてきませんでした。
 一方これまで、民主党・社民党・共産党を中心として戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を国会に提出してきたという事実があります。
 「今度こそ私たちの希望が叶うかもしれない」
 被害女性がそう期待するのも無理はありません。

 9月16日、ソウル日本大使館前で883回目の水曜デモが行われ、日本軍「慰安婦」被害女性のハルモニたちは鳩山総理に向け手紙を出しました。水曜デモではイ・ヨンスハルモニが手紙を読み上げました。

鳩山由紀夫 内閣総理大臣 殿

 いきなりのお手紙で失礼します。
 私たちは日帝植民地下で当時、日本軍に強制連行された被害者です。

 鳩山総理、今回の総理就任をお祝い申し上げます。

 鳩山総理、これ以上待つことができず手紙を差し上げます。
 「慰安婦」問題を解決すること、謝罪と賠償を、平和的に、確実にしていただくことをお願い申し上げます。

 最後に、重ねて総理就任をお祝いし、終わります。

 2009年9月16日

日本軍「慰安婦」被害者
キル・ウォノク、イ・スンドク、イ・ヨンス、コン・ジョミョプ、クァク・イェナム、クォン・マルレ、キム・ギョンスン、キム・ギョンエ、キム・ゲファ、キム・ダルソン、キム・ボクトン、キム・ボクトゥク、キム・ボクソン、キム・ボクソン、キム・ブニ、キム・ソニ、キム・スナク、キム・ヤンジュ、キム・ヨニ、キム・オスン、キム・オックィ、キム・オクソン、キム・ウェハン、キム・ヨジ、キム・ユンシム、キム・ジョンブン、キム・ジュソク、パク・プニ、パク・スニム、パク・スニ、パク・ユニョン、パク・ピルグン、ペ・ボンナム、ソン・ナミ、シン・サンシム、シム・ダリョン、アン・ジョムスン、ヤン・ジェスン、ウ・ヨンジェ、ユ・ヒナム、ユン・グムネ、ユン・スンマン、イ・グィニョ、イ・ギソン、イ・ギジョン、イ・ドゥスン、イ・マクタル、イ・ボクスン、イ・サンヒ、イ・ソノク、イ・スサン、イ・ヤングン、イ・オクソン、イ・オクソン、イ・ヨンニョ、イ・ジョムネ、イ・ヒョスン、イム・ジョンスン、イム・ジョンジャ、チャン・ジョムドル、チョン・マリア、チョン・ボクス、チョン・ユノン、チン・ファスン、チェ・ガプスン、チェ・グムソン、チェ・ドンネ、チェ・ソンスン、チェ・オギ、ハ・サンスク、ハ・スイム、ハ・ジョミョン、ハム・グィラン、ファン・グムジャ、ファン・グムジュ、ファン・ソンスン

 また同時に、韓国挺対協も連立政権各党首に要望書を提出しました。日本軍「慰安婦」問題とは何か、今なにが必要なのかを短い文面の中にぎゅっと凝縮させた分かりやすい要望書です。

「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」実現など
「慰安婦」問題を積極的に解決されることを求める
要 望 書
民主党 代表 鳩山由紀夫 殿
社会民主党 党首 福島みずほ 殿
国民新党 代表 亀井静香 殿
 今回の衆議院選挙で、54年間の自民党政権が幕を降ろし、新しい政権が誕生した知らせは、韓国でも大々的に報道されました。これは、これまで3党議員の皆さんが古びた政治構図を覆すために奔走された結果であり、これから未来に向かって新しい日本を作り上げていかれることに、心より敬意を表します。また、前政権下でくすぶっていたアジア諸国と日本との関係が、より一層改善されることを期待しております。

 私たち韓国挺身隊問題対策協議会は、日本軍「慰安婦」問題解決のために1990年から20年近く被害者と手を携えて闘ってきた団体です。3党連立政権で新しい政局を作っていかれることに激励を送るとともに、 今後「慰安婦」問題における貴党の積極的な役割を要請するため、手紙を送らせていただきました。

 これまで日本政府は、日本軍「慰安婦」被害者の訴えを様々な方法で回避してきました。特に日本の法的賠償責任については、サンフランシスコ平和条約と2国間条約で解決済みであるという見解で一貫し、「女性のためのアジア平和国民基金」では国に代わって国民募金による償い金を被害者に支給する事業を推進するという誤りを犯してしまいました。
 これらが真の解決であったならば、教科書から「慰安婦」に対する記述が消え去り、「お詫び」の舌の根が乾かないうちに心無い人々による妄言が繰り返されることはなかったでしょう。

 しかし、様々な紆余曲折を経ながらも各国の女性や市民社会の努力で、2007年の米下院での決議採択を皮切りに、各国や日本の市議会で、日本政府に対し日本軍「慰安婦」問題の真の解決などを盛り込んだ決議・意見書が採択されるようになりました。また、国際機関からも様々な勧告が出されているのは、すでにご存知であると思います。3党連立が合意された現在、このような世界や日本国内の民衆の声を、一段階進められる機会がやってきたと思います。特に、その一歩前進となる法律の制定を、積極的に推進されることを私たちは要望します。

 2004年から提出されている[戦時性的強制被害者問題解決促進法案]は、3党の努力もあり、継続して提出されてきました。しかし、自民党政権下で数次の提出は全て廃案になり、今年はまだ提出されてもいません。
 現在、韓国の日本軍「慰安婦」被害者は90名しか生存されておりません。平均年齢が85歳になる残りの人生がそれほど永くはない被害者のためにも、高齢の被害者たち自らが過去を証言して世界を駆けずり回ることを少しでも早く休ませてあげるためにも、彼女たちが一人でも多く生きているうちに、この法律を成立させ問題解決を見せてあげたいと思っております。
 また、「慰安婦」問題の解決は、3党連立政権が掲げる「中国、韓国をはじめ、アジア・太平洋地域の信頼関係と協力体制を確立し、東アジア共同体(仮称)の構築をめざす」という目標を達成することにも、大きな役割を果たしてくれることでしょう。

 加えて、来年は朝鮮半島が植民地となって100年を迎える年になります。それは、過去の戦争と植民地支配の歴史を清算できずにいる日本にとっても、重要な年であると思います。「慰安婦」被害者と同じくかつての戦争で被害を被りながらも今だ日陰で暮らしている方々へ対する戦後補償問題にも、あわせて関心を持ってくださることをお願いします。両国の歴史問題の解決は、正しい過去清算から出発するものと信じております。何よりも、アジア諸国は日本の行く末に多くの関心を持ち、真の友好関係を望んでいます。

 突然で失礼かとは思いましたが、被害者をはじめとする、日本との友好・世界の平和を望んで活動している隣国に住む人々の思いを伝えたく、お手紙を送らせていただきました。日本軍「慰安婦」問題の解決は、人権と平和に向かう日本の意志を世界に知らしめるものであると再度強調したいと思います。

 最後に、民主党・社民党・国民新党のこれからの益々の発展を願っております。
  2009年9月16日
韓国挺身隊問題対策協議会
共同代表 尹美香 韓国琰

 ※実際は3党代表それぞれ宛てに送付されました。読みやすくするために3党を併記しました。

 さて、新しい政権が日本軍「慰安婦」問題の解決のために実際動くかどうかは、わたしたち日本に住む市民の力にかかっています。これから私たちが様々な働きかけをして、ハルモニたちの声を、希望を、現実のものとしていかなければなりません。
 みなさん、がんばりましょう!


   9月8日
 韓国から、またまた勇気づけられるニュースが届きました。
 韓国の富川(プチョン)市議会で、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める決議が採択されました。7月の大邱市に続き、韓国の市議会決議としては2カ所目です。
 富川市は川崎市・岡山市と姉妹都市であり、そういったつながりを通じて呼びかけていくという、新しい内容にもなっています。

韓国・富川市の決議文はこちら

 以下、挺対協の声明です。

 - 韓国挺身隊問題対策協議会声明 -
富川市議会日本軍「慰安婦」問題解決を求める決議案採択
 9月8日、富川市議会は日本軍「慰安婦」問題に対する日本政府の謝罪と賠償および問題解決を求める決議案を、表決なし原文のまま採択しました。
 3日に富川市議会行政福祉委員会でユン・ビョングク、ピョン・チェオク議員ら17人の提案で審査・採択された<日本軍「慰安婦」問題解決を促求する決議案>は、7月24日に大邱広域市で採択された決議案に続き、韓国市議会では2番目であり、基礎地方自治団体としては最初に採択されました。
 決議案は、日本政府に謝罪と賠償を実現するための行政的・立法的制度の迅速な準備、歴史教科書への記録および教育、特別法制定などを求めており、富川市議会と友好都市関係にある川崎市と岡山市議会に、日本政府と日本国会がこのような要求を受け入れるよう意見を集めることも求めています。韓国政府に対しては、被害者と民間団体の努力を支援することを含め、外交的・行政的努力を行なうことを求めています。
 また富川に居住している日本軍「慰安婦」被害者が、最近日本政府の謝罪と賠償も受けられないまま死亡している状況と、富川地域青少年団体および市民社会団体の問題解決のための活発な活動に言及し、今後富川市議会の持続的な関心と努力が続くとしています。
 今回の決議案採択過程で、富川市と友好都市として活発に交流してきた川崎市の「日本軍「慰安婦」問題解決を求める市民の会」は、<日本軍「慰安婦」問題解決を求める決議案に対する意見書>を提出し、国際社会の要求にもかかわらず日本政府が「慰安婦」問題の解決を回避していることに憂慮を示し、決議案に対する積極的な支持を明らかにしました。市民の会は、民主党への政権交代状況下で、日本国会で漂流してきた「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」および民主党の選挙公約としてあがった恒久平和調査局を設置する「国立国会図書館法の一部を改正する法律」などに言及しています。問題解決のための絶好の機会であることを強調し、富川市議会が決議案を採択して日本政府と国会および各地に伝えてくれることを求めています。富川地域市民団体だけでなく、富川市を訪問している川崎市公務員も決議案支持を明らかにしています。
 挺対協は、今回の富川市議会決議案採択を積極的に歓迎し、今後全国の女性団体および草の根運動団体と連帯し、自治体決議案採択のための活動に拍車をかけます。

 韓国挺身隊問題対策協議会
 共同代表 ユン・ミヒャン ハン・クギョム

以下は、挺対協の声明でも言及されている、川崎市民の会から富川市議会に提出された「意見書」です。

富川市議会議員の皆さまへ
「日本軍『慰安婦』問題解決を促す決議案」への意見書
川崎から日本軍『慰安婦』問題の解決を求める市民の会
 「川崎から日本軍『慰安婦』問題の解決を求める市民の会」は、友好都市である富川市議会が「日本軍『慰安婦』問題解決を促す決議案」採択に向け審議を始められることに際し、富川市民と富川市議会の皆さまに敬意を表明いたします。

 私たちは、国連や世界各国議会など国際社会から、日本軍「慰安婦」問題の解決のため、日本政府に謝罪と法的賠償を要求する決議や勧告が出ているにもかかわらず、日本政府がその姿勢を改めようとしないことに深い憂慮の念をいだいています。さらに、日本軍によって、強制的に「慰安婦」にさせられた被害者ハルモニが毎月のようにお亡くなりになっている、その無念さを思うと、強い焦燥感にかりたてられます。そして、「私たちが生活する地・川崎市でも何かできることはないか」と思い続けていました。
 昨年からの兵庫県宝塚市議会、東京都清瀬市議会、北海道札幌市議会、そして福岡県福岡市議会での「日本軍『慰安婦』問題の解決を求める決議」採択に励まされ、私たちは今年2月に川崎市在住の個人と団体が集まり、会を結成し活動を開始しました。これまで私たちの会は、川崎市市議会の各会派(党)への要望と話し合いを持ち、「日本軍『慰安婦』問題について日本政府の誠実な対応を求めるための川崎市議会への請願署名」を推進し、「川崎から『慰安婦』問題の解決を求める市民のつどい」などを開催してきました。

 友好都市である富川市でも、「日本軍『慰安婦』被害者ハルモニが生存しておられながら、最近数年間に3人の被害者ハルモニたちが、日本政府の謝罪と賠償を受けることができないままお亡くなりになった」(富川市決議案・主文)とのお知らせを伺い、私たちは深く心を痛めます。さらに、「富川市は、日本の川崎市、岡山市など2ヶ所の地方自治体と友好都市関係を持っており、交換公務員派遣、都市祭り参加、市民交流など格別な関係を形成している。こういう関係を土台に歴史教科書問題が生じた時は、友好都市の諸市民団体が連帯して、わい曲教科書非採択運動を展開するなどの関係にまで発展してきた。現在富川市と友好都市関係を結んでいる都市でも、良心的市民勢力による市議会決議の採択運動が展開されており、市議会内でもこの問題が真剣に議論されている時点での富川市議会の決議は、彼らの運動にも大きい力になるだろう」(同・主文)との、友好都市交流のこれまでの積み重ねの歴史や、現在の富川市議会の決議採択の動きに接し、大いに励まされます。

 日本では、この8月30日に行われた総選挙によって、民主党を中心とする野党が大勝しました。周知のように「慰安婦」問題と広く強制動員問題などの解決に向けては、「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」と、国会図書館に恒久平和調査局を設置する「国立国会図書館法の一部を改正する法律案」が、毎年のように民主党・共産党・社会民主党の3党共同で提出されてきました。さらに、首相就任が確実である民主党・鳩山由起夫代表は、今年6月ソウルで「私たちは過去の歴史を直視する勇気を持っている」」と発言しました。「慰安婦」問題をはじめとする植民地・戦争被害者の問題を解決する絶好の機会が訪れようとしています。
 しかしながら、「慰安婦は売春婦だ。彼女らに謝罪する理由はない」「日本が行った戦争はアジア解放戦争だ」などと、日本軍が行った歴史を直視せずわい曲する勢力もおり、これらの勢力は東京都三鷹市や京都府京田辺市での「決議報告会」などへのなりふりかまわぬ集会妨害活動を「危機感」を持って行っています。さらに、これらの勢力に同調する地方議員や国会議員もおり、今後の動向は予断を許しません。
 したがって、このような有利な状況を活かすことができるか否かは、私たちのこれからの行動にかかっていると言えます。今こそ「慰安婦」問題解決のために大きな声をあげ、行動しなければなりません。

 私たちは、19世紀末から20世紀にかけて行われてきた、日本のアジア地域への侵略と植民地支配の歴史を直視・反省し、二度と過去の過ちを繰り返さず、東アジアで平和と民主主義・人権を確立し、21世紀を信頼と友好の世紀として創造したいと願っています。

 日本国憲法前文においても、過去の侵略戦争を反省し、
 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」と、明記されています。
 しかし、日本が過去の歴史清算(真相究明・謝罪・賠償)を誠意をもって行っていないことが、全世界の国民が「平和のうちに生存する権利」の実現と、友好を妨げる最大の障壁となっています。そして、日本軍によって人権を蹂躙された「慰安婦」被害者問題の解決こそは、その最も重要な課題の一つです。

 私たちは、富川市がこの決議を採択し、それを日本政府・国会、そして日本の全国各地へ伝えてくださることを期待しています。富川市民と川崎市民は、問題解決と友好、平和創造に向けて共に手を携え、行動していきましょう。
 2009年9月1日
 86年前関東大震災が発生し、翌日より朝鮮人をはじめとする人々への大虐殺が行われることになった日に


   8月21日


 チョンジュに暮らしていたユン・スニムハルモニが、8月21日午前9時ごろに亡くなられました。

 故ユン・スニムハルモニは、1927年にチョンジュで生まれ、1943年に16歳で日本軍「慰安婦」として連行されました。
 ハルモニが到着したところは満州でそこで悪夢のような時間を過ごさなければなりませんでした。
 次の年に故郷にようやくのことで帰りましたが、様々な後遺症と生活苦による困難を経て、最近病状悪化で動くことさえままならない状態でした。

 ハルモニは姉妹で「慰安婦」にされました。
 どこで会っても姉であるユン・グムネハルモニとぎゅっと手をつないで細かな配慮で面倒を見ていた姿が思い出されます。

 ハルモニが逝く道が寂しくないよう、皆さんも冥福を祈ってください。


   8月18日
 7月23日、国連で行われた女性差別撤廃条約に関する日本審査の最終所見(勧告)が発表されたとの連絡が入りました。パラグラム37,38では、日本軍「慰安婦」問題に関する勧告も含まれています。
 「恒久的な措置を取っていないことが判明したことは遺憾」として日本の姿勢を批判した上で、「締約国(日本)に対する勧告を繰り返す」と、苛立ちを隠さない内容になっています。
 また「教科書の記載が削除されたことに懸念を表明」していますが、教科書に記述しないどころか、横浜市をはじめとして「つくる会」系教科書を採択する地区もある昨今です。そういう意味でもとてもタイムリーな勧告です。
 国際的な声に応え、日本軍「慰安婦」問題をなんとしてでも解決させましょう!

 女性差別撤廃委員会(44会期、2009年7月20日-8月18日)
 女性差別撤廃委員会の最終見解(2009年8月7日)


37.委員会は、「慰安婦」問題に関して締約国によって取られたいくつかの措置に留意するが、締約国は第2次世界大戦中に被害にあった「慰安婦」問題のために恒久的な措置を取っていないことが判明したことは遺憾であり、かつまたこの問題に関する教科書の記載が削除されたことに懸念を表明する。

38.委員会は、被害者への補償、責任者の処罰及びこの犯罪についての公衆の教育を含む「慰安婦」問題の恒久的な解決を見出すため、緊急に努力するようにとの締約国に対する勧告を繰り返す。


   7月24日
 韓国から勇気づけられるニュースが届きました。
 韓国の大邱(テグ)市議会で、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める決議が採択されました。
 日本国内では箕面・三鷹・小金井・京田辺と意見書が次々可決されましたが、韓国でも同様のことが起こるのは、日本で問題解決を求める者として、本当に勇気づけられます。特に韓国では国会でもすでに決議が上がっており、韓国の人々の精力的な取り組みには本当に頭が下がります。
 日本も負けてはいられません。

韓国・大邱市の決議文はこちら

 以下、挺対協の声明です。

 - 韓国挺身隊問題対策協議会声明 -
大邱市議会の日本軍「慰安婦」問題解決を求める決議案採択を歓迎し、日本と韓国政府の責任履行を促求する
 7月24日、本日韓国市議会では初めて、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める決議が採択された。日本政府に真相究明と公式謝罪、法的賠償などを求め、韓国政府に向けても対日外交協商と被害者の名誉回復のため、積極的な努力を求めている今回の決議を歓迎する。
 この間、国連をはじめとした国際社会は、日本軍「慰安婦」問題の反人権性と国際法的違法性を認め、日本政府に対し問題解決を要求してきた。国連内の各人権機構は、1990年代初盤から被害者の訴えに耳を傾け、現在まで持続的な勧告と憂慮を表明してきた。2007年の米下院での決議採択を皮切りに、オランダ・カナダ・欧州議会も、日本政府に向かい速やかな問題解決を要求してきた。最近では、オーストラリア市議会と日本市議会でも連続した決議採択がなされている。
 しかし、被害者の絶叫がこもった訴えに一番最初に耳を傾け、問題解決に立ちあがらなければならない韓国政府が、この間見せてきた態度は失望を超えて被害者の怒りを買うものだった。日本の植民地として最も大きな被害を被らなければならなかった国だとは信じられないほどの無関心と消極的対応を、昨年の韓国国会と今回の大邱市議会決議採択を契機に大きく転換すべきだ。
 大邱市議会決議書の主文で明らかにしている通り、またこの間市民社会も持続的に訴えてきたように、日韓間の過去問題の正しい解決は、今後の両国間の友好協力にも一助となるだろう。日本による「国恥100年(韓国併合から100年)」を来年に迎える現在、イ・ミョンバク政府には、これ以上人権とプライドを捨て経済という虚構で両国間の関係を飾るのではなく、根本的な関係を改善するため努力することを要求する。
 被害者が老体を引きずって世界のいたるところで市民とともに掘り起こしてきた結実を、韓国政府は手遅れになる前に受け入れなければならない。堂々とした外交協商と正しい歴史構築、ひいては人権と平和志向的政策で、速やかに政府の責任を履行することを望む。また、韓国政府と犯罪の加害者である日本政府が問題解決を成し遂げるよう、今後大邱市議会でのような政治圏の努力が続くことを期待する。
 何よりも、日本政府は国際社会の要求をいつまでも無視できないことを直視し、被害者が一人でも多く生きているうちに、国家的・法的責任を履行しなければならない。日本軍「慰安婦」問題は、すでに戦時下女性暴力の最も代表的な例として挙げられており、被害国を超え世界議会と政府が注目し、問題解決を求めている。日本政府は、この間提出された国家機構の勧告と、韓国をはじめとした被害国および各国決議を一日も早く受け入れ、責任を履行することを強力に求める。


   5月28日


 ハルモニたちの体調は悪いものの、皆さんに悲しいお知らせをするのは今年に入ってハン・オクソンハルモニ以降とだえていました。
 が、12月15日から5ヶ月間以上、つらい闘病生活をしてきたキム・ジョンエハルモニ(慶尚南道トンヨン居住)が、5月23日夜11時30分ごろに亡くなられました。
 鬱血性心臓病で呼吸困難と、ほとんどすべての臓器がきちんと機能せず、全身がぱんぱんに腫れたまま座って眠る苦痛の闘病生活を続けてきたハルモニ。
 手を握って「生かしておくれ」と言っていた生きるための強い意志をついにあきらめられました。
 賢明で頭がよく、ユーモアがあふれ、私たちをよく笑わせてくれたキム・ジョンエハルモニ。
 これからはハルモニ語録を聞けなくなりました。
 いつも国に面倒をかけてはいけないと言っていたハルモニ。
 そのため、病院もいかず病気を深刻にしたハルモニ。
 無理やりでも病院に連れて行けなかったのが、悔しく胸を打ちます。
 ハルモニを愛する娘息子がハルモニを胸に刻んで記憶します。
 寂しがらず、この世の恨はすべて残して、安らかに逝ってください。
 どうかそこで果たせなかった幸せを享受し、したかった勉強も思いっきりしてくれるよう祈ります。
 ハルモニの冥福を祈ります。
 ハルモニが逝く道が寂しくないよう
 皆さんも祈ってください。

*****ハルモニの人生*****
―1921年 トンヨンで生まれる
―1940年 20歳の年に、網元で働いているところ強制的に拉致され、中国に連れて行かれ5年間「過酷な慰安婦」生活を強いられる
―1945年 南京から釜山へ汽車に乗って帰国した後、船に乗ってトンヨンに帰郷
―生計手段は工場・農作業・魚の行商など
―結婚はせず甥姪を育て一人で暮らす
―1993年 日本軍「慰安婦」被害者として政府に登録
―2009年5月23日夜11時30分ごろ 恨多い生涯を終える

*家族は報道を望まず。




 先日に続いてまたも悲しいお知らせです。

 今日、日本軍「慰安婦」被害者ユン・ドゥリハルモニが亡くなられました。
 故ユン・ドゥリハルモニは、1928年に釜山で生まれ、15歳の時に釜山派出所前を通った時に連行され、釜山ヨンドにある慰安所で「慰安婦」として苦しい日々を送らなければなりませんでした。それこそ、家から近いところの慰安所に閉じ込められなければならないという悲劇にあいました。
 解放後、とても文無しでは帰れず、食堂で1年余り働き家に帰りましたが、困難な状況と慰安所生活によって心的・肉体的苦痛などで、再び辛い日々を送りました。
 結局釜山を離れ、ソウルを経て鬱山(ウルサン)に落ち着いた後、これまで過ごしてきました。
 ハルモニは生前に、「故郷は釜山だけど、慰安婦だった頃を思い出すから行きたくない」と話していました。
 人生をめちゃめちゃにし言い逃れをする日本に怒り、自分が被ったことを死んでも忘れないと言っていたハルモニは、日本政府の欺瞞的な「国民基金」を拒否し、真の謝罪と賠償を望んでいると叫びました。
 これからは、全ての恨と荷を降ろして、安らかに休まれることを願います。

*****故ユン・ドゥリハルモニの生涯*****
―1928年 釜山で生まれる
―1942年 釜山で日本軍「慰安婦」として連行され、釜山ヨンド第一慰安所で苦しみを味わう
―1945年 解放を迎える
―1986年 ウルサンに定着
―2009年5月28日永眠


 韓国のハルモニが二人亡くなられて悲しんでいるところに、台湾からも二人の訃報が届きました。一体わたしたちはいつまでこんな悲しい思いをしなければならないのか? 亡くなられての悲しみではなく、彼女たちの死に際していまだわたしたちの責任が果たせていないという悲しみ!
 わたしたちに残された時間は少ないのだと、思い知らされずにはおれません。


 台湾の元日本軍「慰安婦」被害を受けた阿媽が5月に入って2人、亡くなりました。

 一人は蘇寅嬌阿媽。5月13日に86歳で病逝しました。
 そのわずか1週間後、今度は阿鳳阿媽が85歳で病逝いたしました。

 おふたりとも、海南島へ食堂などの仕事があるといわれ、つれていかれたものです。
 蘇寅嬌さんは1943年、阿鳳さんは1941年、海南島の場所はちがうところで被害を受けました。

 とくに蘇寅嬌さんは2歳年下の妹、蔡桂英さん(2006年死去)とともに同じ慰安所へつれていかれた悲しい体験の中で生きてきました。妹が亡くなられたあとは、悲しみにくれることが多かったのですが、持ち前の強い気力で病気も克服しながら2~3ヶ月に一度行われている阿媽たちのグループセラピーに欠かさず参加し、「ここにくるとみんなに会えるからうれしい」と目をキラキラさせておられたそうです。

 台湾のサバイバーは現在18人になってしまいました。その中でも毎回行われるグループセラピーに元気に参加する阿媽が段々少なくなっておられるそうです。
 悲しみにくれてばかりはいられない、いま、できることをしなければならないと婦援会のスタッフたちは思いをあらたにしておられるそうです。

 日本での私たちも悲しんでばかりはいられません。


   3月26日
 3月26日、「最後の『慰安婦』裁判」とまで呼ばれている海南島裁判の控訴審判決が東京高裁で出されました。内容は被害認定はもとよりPTSDよりも一歩踏み込んだ「破局的体験後の持続的人格変化」を認めました。国家無答責の論理についても認めませんでした。しかし日中共同声明(つまりは損害賠償請求権の放棄)を根拠に、原告の訴えを退けました。
 内容的には一審判決より前進しているところが多いのですが、海南島のあぽ(おばあさんの意)にとってそれが満足できるないようでないことは言うまでもありません。

 この海南島裁判が「最後の『慰安婦』裁判」と言われているのは、この裁判は終結していない唯一の裁判ということだけでなく、被害者が高齢になられ次々と亡くなっていっているという事実があるからです。この裁判も原告のあぽ8人の被害女性のうち、すでに二人が亡くなっていおられます。

 わたしたちに残された時間はありません。日本政府により謝罪と補償を求めて今後も頑張りましょう。

弁 護 団 声 明

1 本日,東京高等裁判所第21民事部(渡邊等裁判長)は,日本軍によって「慰安婦」とされた中国海南島の被害者が日本政府に対して謝罪と名誉回復並びに損害賠償を求めた控訴請求事件(海南島戦時性暴力被害賠償請求事件)に関して,控訴人らの控訴を棄却する判決を下した。

2 本件は,中国海南島において,旧日本軍(主として海軍)が中国人の少女を強制的に拉致・監禁し,継続的かつ組織的に戦時性奴隷とした事案である。本判決は,「本件被害女性らは,本件加害行為を受けた当時,14歳から19歳までの女性であったのであり,このような本件被害女性らに対し軍の力により威圧しあるいは脅迫して自己の性欲を満足させるために陵辱の限りを尽くした軍人らの本件加害行為は,極めて卑劣な行為であって,厳しい非難を受けるべきである。このような本件加害行為により本件被害女性らが受けた被害は誠に深刻であって,これが既に癒されたとか,償われたとかいうことができないことは本件の経緯から明らかである。」(判決書28頁)と認定している。本件被害の質的側面ににおいてもPTSDはもとより「破局的体験後の持続的人格変化」も認定している(判決書30頁)。以上の事実認定を踏まえ,国家無答責の法理を排斥したうえ民法715条1項を適用し控訴人らの損害賠償請求権を認めた。

3 しかしながら,本判決は,2007.4.27最高裁判決を踏襲し,控訴人らの損害賠償請求権について,日中共同声明第5項により「裁判上訴求する権能」が放棄されたことを理由に訴を棄却した。
  もっとも本判決は,最高裁判決と同様,個人の賠償請求権につき,その権利は実体的には消滅しないと判示した。
  これは個人の賠償請求権につき,裁判上訴求する機能のみが失われたとするものであり,個別具体的な請求権について,債務者側において任意の自発的な対応をすることは何ら妨げられないとを認めたものである。

4 この点,日本政府も,二国間条約で損害賠償問題は解決済みであるとの主張しながらも,「慰安婦」の問題について解決されていない問題があると認め,1993年,河野洋平官房長官の談話(以下「河野談話」という)において,被害者に対して事実を認め謝罪をし,適切な措置をとることを表明した。そして,日本政府は,「慰安婦」問題につき「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」を設置したが,同基金によってすら中国人被害者に関しては何らの措置もとられていない。
  したがって,本判決で損害賠償請求権が裁判上訴求できないからといって問題が解決されたわけではなく,未だ河野談話の見地にたって解決されなければならないことにかわりはない。
  しかも,それは過去の戦後処理の問題ではなく,被害者らが今なお苦しみの中で生きており,まさに現代において速やかに解決すべき課題である。

5 アメリカ連邦下院における対日謝罪要求決議の外,カナダ,オランダ,EU議会,国連人権理事会,国連自由権規約委員会,ILO条約勧告適用専門家委員会等々で解決を求める決議がなされている。このように国際社会は,被害を受けた女性の尊厳と人権の回復のための真の措置をとるよう日本政府に強く迫っている。
  国内においても宝塚市,清瀬市,札幌市に続いて福岡市議会において3月25日解決を求める決議が賛成多数で可決された。
  このように解決を迫る世論は国内外を問わず高まっている。

6 今,日本政府に問われているのは言葉ではなく行動である。真に河野談話を承継し,また女性達の人権を侵害した問題であると理解しているのであれば,各国議会決議や国際機関の勧告を受け,真摯な対応をすべきである。
  日本政府は,本判決で厳しく認定された加害の事実と深刻な被害の事実を真摯に受け止め,被害者一人一人が納得するように謝罪をし,その謝罪の証として適切な措置をとるべきである。私たちは直ちに上告するとともに,日本政府に対してこれら被害者の要求が実現されるまで戦い続ける決意を表明するものである。

 2009(平成21)年3月26日 
海南島戦時性暴力被害賠償請求事件弁護団
中国人戦争被害賠償請求事件弁護団

「弁護団声明」についてはハイナンNETブログ中国人戦争被害者の要求を支える会HPから転載させていただきました。
判決文全文も中国人戦争被害者の要求を支える会HPにアップされています。


   3月9日
 3月9日、オーストラリアのニューサウスウェルズ州のライド市で、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める決議が上がったというニュースが飛び込んできました。これは3月3日のストラスフィールド市に続くものだということです。
 オーストラリアでは自治体で決議を上げる草の根運動が広がっています。本当に驚くべきことです。 
【ライド市の決議全文はこちら】
【ストラスフィールド市の決議を伝える新聞記事】

謝罪を求めて
ラッシェル・ハビブ
 ストラスフィールド・カウンシルのホープ・ブレットボウエン労働問題担当議員は、目に涙をためながら、世界中にいる「慰安婦」への謝罪に関する動議を読み上げた。
 「慰安婦」というのは、第二次世界大戦中、日本軍によって組織的・強制的に徴用された「従軍慰安婦」の生き残りの人たちである。「慰安婦」の数は、2万人とも10万人以上にのぼるとも言われている。
 ブレットボウエンさんは、ストラスフィールド・カウンシルに対し「慰安婦」問題を提議し、「慰安婦」の窮状を深く認識し、彼女たちに平穏がもたらされるように支援することを求めた。
 「日本軍『慰安婦』にされた女性の国籍は様々ですが、このストラスフィールドには、そうした国々をルーツにもつ人々の大きなコミュニティがあります。」「ストラスフィールドには韓国人の大きなコミュニティがありますが、この問題は韓国人コミュニティだけでなく、すべての人々が考えなければならない重要な問題です。」とブレットボウエンさんは述べた。
 また、大学での研究の一環として「慰安婦」について学び、彼女たちの話を聞いて、ストラスフィールド・カウンシルに対し、動議を提出しようという思いに駆られたとも述べた。
 「いったい誰が、このような苦痛を負わせることができるのでしょうか。いったい誰が、このような苦痛に耐え忍ぶことができるのでしょうか。」「私は、『慰安婦』にされた方々、そしてその方たちを支えてきたコミュニティに称賛の念を抱きます。」
 ストラスフィールド・カウンシルは、日本政府に「慰安婦」問題についての正式な謝罪と法的、歴史的責任をとるよう求める動議を可決した。

 ■Council(カウンシル)とは、州政府の下にある自治体■
 ライド市の決議文の中にあるヤン・ルフ・オヘルネさんは、オランダ人の「慰安婦」被害者で、現在はオーストラリアで暮らしておられます。ジャン・ルフ・オヘルネさんは1942年、日本軍がオランダ領東インドを占領したとき、ジャワの収容所にに入れられました。日本軍はジャワの収容所に入れられた何百人もの少女たちを、「慰安婦」という名の性奴隷にしたのです。(「狭義の強制はなかった」とか言ったのは誰だったでしょうか?)オヘルネさんの証言は伊藤孝司さんの『破られた沈黙』(風媒社)で読むことができます。
 またキル・ウォノクハルモニの証言が決議に向けて大きな力になったことが、決議の内容からも新聞記事からも分かります。世界を駆け回るハルモニたちには、本当に驚嘆するばかりです。
 関西でも4月にキル・ウォノクハルモニが来られ、3カ所で証言集会が開催されます。ストラスフィールド市とライド市に続きましょう!


   3月6日
 3月6日、ILO(国際労働機関)は2009年年次報告書で、専門家委員会は、戦時中の日本政府の29号条約(強制労働条約)違反にふれて、「……(日本)政府が近い将来、年老いた強制労働の生存被害者が訴えている請求に応える措置を取ることを望む」と勧告しました。
 ILOはこれまで日本政府に対し、「慰安婦」問題に関して度重なる勧告を行っていますが、日本政府は無視することに徹しています。また日本のマスコミでも報じられる様子がありません。
 全文(仮訳)については中国人戦争被害者の要求を支える会のブログで読むことができます。

10. 当委員会は、政府が上記の国連機関からの勧告に対して行った回答やコメント並びに2008年9月1日に届いたその報告書の文面から次のことに注目した、
戦時産業強制労働と軍事性奴隷の生存被害者の要求にこたえるための非法規的な措置と彼らの期待に応えることに関して、政府は、1995年に始め、2007年3月31日に解散するまで継続したアジア女性基金(AWF)とそれに関連した活動に重い、ほとんど独占的な重要性を置いている。そしてアジア女性基金は被害者に対して認めた道徳的責任を満たすために取ることを考えた政府の唯一の措置であるように見える。 当委員会は2001年と2003年の所見で、元慰安婦の大多数がAWFの金を政府の補償と見なかったので償い金を拒否したことやその金を受け取った少数の女性に総理大臣が送った手紙を政府が責任を受け入れたわけでないとして拒否した女性がいたことなどは、これが被害者の大多数の期待に応えるものでないことを示唆していると述べたことを想起する。それ故、当委員会は政府が生存被害者と彼らを代表する組織と相談して、彼らの期待に添えるような方法で被害者に補償する代りの方法を見つけるための努力をして欲しいとの希望を表明した。
当委員会は、これに関連して2006年9月26日に受領した政府報告の中で、2007年3月のAWFの解散に触れて、政府は「被害者との一層の和解を求める努力をするつもりである」と述べていたことを想起する。

11. 当委員会は、被害者との和解を求めるためのさらなる努力をする際に、政府が、近い将来に、年老いた強制労働の生存被害者が訴えている請求に応える措置を取ることを望む。 当委員会は、さらに最近の司法判断および関連する進展に関する

情報を提供し続けることを政府に要求する


   2月18日
 皆さま

 アンニョンハセヨ。
 今日は比較的暖かい中、852次水曜デモが韓国女性団体連合の主管で行なわれました。
 今日のパフォーマンスは、主管団体がりんごの苗木を持ってきてそれに私たちの要求を書いたりんごの実をぶら下げました。
 りんごは韓国語で「サグァ」。「サグァ」のもう一つの意味は謝罪です。
 この木は、3月8日の博物館起工式で植樹される予定です。

 また、韓国でも宋神道ハルモニのドキュメンタリー「オレの心は負けてない」が今月から試写会がはじまりました。すでに見てきたという司会者が大変感動したと詩を朗読しました。

<少女よ、本当に美しい>

韓国女性団体連合インターン キム・チェ・チョロ
少女よ、おまえは本当に美しい

春 春の香りになり
夏 のどかな花になり
秋 暖かい色に染め
冬 凍える風になる 少女よ
おまえは本当に美しい

少女よ、歳月に悲しむな おまえの悲しみを 私がすべて知っている
少女よ、歳月に悔しがるな おまえの悔しさを 私がすべて知っている
少女よ、おまえの骨の髄まで苦しめたその苦痛 私が引き受けるから
おまえの瞼まで重くさせたその荷 私が背負うから
少女よ、少女よ、安らかに眠れ

本当に美しいわが少女よ 本当に美しい少女よ
きれいなチマ・チョゴリを着て きれいに並んだ花道で
物哀しい一糸の呻き声 呟いておくれ
その呻き 耳に届く頃には 私は声をだして泣くだろう

少女よ、おまえは本当に美しい
少女よ、今おまえは私の目に 星になったのだ
少女よ、私は月はなくとも 星を見れるようになったのだ
星の光 輝かせる少女よ、 記憶しておくれ

あの海を越え 凛々しい少女のように
私も、 オレの心も負けてない


   1月20日


 韓国では旧暦で来週の月曜が正月になります。
 そのような新年を迎えることができないまま一人のハルモニがこの世を去られました。
 日本政府の責任回避と欺瞞、妄言が連日被害者たちの胸に釘打つ状況で、日本軍「慰安婦」被害生存者の数は日を追うごとに減っています。
 本日(1月20日火曜)朝6時30分ごろ、一人のハルモニが私たちのそばから離れて逝きました。今年になって初めて亡くなられたハルモニは、故ハン・オクソンハルモニです。これで、韓国政府に登録した被害者ハルモニ(234名)中、現在93人の被害者のみが生存されていることになります。
 故ハン・オクソンハルモニは、1919年に忠清南道チョチウォンで生まれ、19歳の時(1938年)に就労詐欺で連行され、中国の吉林省、太原などで「慰安婦」として大変な苦しみを経験しました。この2年間あまり病院で闘病生活を送り、老患で亡くなられました。
 ハルモニが寂しくないよう、多くの方々で最後を見送りたいと思います。


   1月13日
 昨年の10月30日に国連の自由権規約委員会が日本政府に謝罪と補償などを行うよう求める勧告を出したことを受け、谷岡郁子参議院議員(民主党)は1月5日、政府に勧告への対応を促す質問主意書を提出していました。
 この質問主意書に対し、政府は1月13日、勧告は法的拘束力を持つものではなく、従うことを義務付けているものではないとする、答弁書をまとめました。

 谷岡参院議員は国連勧告に対して、「国際社会を納得させる方策が必要と思われるが、納得させるだけの対応を準備しているのか」とたずねましたが、政府は「勧告は、法的拘束力を持つものではなく、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五十四年条約第七号)の締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではない」と答弁したそうです。
 日本政府は国際社会の声を全く聞こうとしないばかりか「従うことを義務づけていない」などと詭弁を弄し、憲法98条2項の国際法遵守の精神を踏みにじっています。そして高齢をおして日本政府に謝罪と補償を求めている「慰安婦」被害者の心を踏みにじっています。全く許すことができません!
質問主意書
質問第一号

歴史教科書と国連人権委員会による従軍慰安婦についての勧告に関する質問主意書

 右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する
  平成21年1月5日
    谷岡郁子
 参議院議長 江田五月 殿



歴史教科書と国連人権委員会による従軍慰安婦についての勧告に関する質問主意書
 
  前国会、「歴史教科書とその検定に関する質問主意書」(第170回国会質問第116号)を提出し、その質問3において、2008年10月に公表された国連人権委員会による自由権規約に関する対日審査報告書の22項を受けての、今後の歴史教育のあり方や教科書検定のあり方についての見解と対応を問うた。これに対し、その答弁書(内閣参質170第116号)において政府は「我が国の教科用図書検定制度は、(中略)文部科学大臣が教科用図書として適切かどうかを決定するものとなっており、教科用図書検定基準等に沿ったものとなっている限り、教科用図書で具体的にどのような事象を取り上げ、それをどのように記述するかは、当該図書の著作者等の判断にゆだねられている」と回答している。対日審査報告書に記された勧告にしたがって改善策を考えるならば、当然、歴史教育や教科書検定の今後のあり方についての検討がなされるものと考えていたが、先の答弁書ではそのような対応が見られず、また国際的な対応としてもきわめて不十分であると思われる。
 よって改めて以下質問する。


一 右回答にある「当該図書の著作者等の判断にゆだねられている」という見解では、勧告に対する対応としてはあまりに不十分である。勧告への対応として、教科書検定や歴史教育のあり方をどのように改善したかを示し、国際社会を納得させる方策が必要と思われるが、右回答からは具体的な対応が全く読みとれない。政府は具体的な方策や、国際社会を納得させるだけの対応を準備しているのかを問う。

二 一昨年の教科用図書検定において、歴史教科書における沖縄戦をめぐって多くの批判がなされ、教科書会社各社に修正依頼を行うなどの混乱が見られたが、これは検定意見というかたちで、沖縄戦において日本軍が住民に自決を強制したとする記述を削除するよう著作者や出版社に迫ったことに端を発している。このように一方で記述に対して変更を迫り、他方で「著作者等の判断にゆだねられている」とすることは明らかに矛盾しており、当然、国際社会もこの点について納得のいく説明を求めてくるものと考えられる。国際社会からこの点についての指摘があった場合、政府はいかなる説明を行うつもりなのか、具体的に答えられたい。

三 右回答にある平成5年8月4日の内閣官房長官談話では「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」としている。先の答弁書では、この談話が慰安婦問題についての政府の基本的立場であるとしているが、であるならば、文部科学大臣が内閣官房長官談話を踏まえた教科書づくりを著作者等に求めることは、何ら問題がないと考える。また、強制ではないかたちで要請を行うことは、言論の自由と歴史問題の双方を解決するための民主主義国家の対応として、国際社会からの理解を得るための具体的な行動として考え得る対応のひとつではないかと考えられる。政府として、内閣官房長官談話の内容を現実のものとし、また勧告に対応するために、どのような具体的対応をとるのかを説明されたい。

  右質問する。
答弁第一号
内閣参質一七一第一号
  平成21年1月13号
内閣総理大臣 麻生太郎
   参議院議長 江田五月 殿

 参議院議員谷岡郁子君提出歴史教科書と国連人権委員会による従軍慰安婦についての勧告に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
 

参議院議員谷岡郁子君提出歴史教科書と国連人権委員会による従軍慰安婦についての韓国に関する質問に対する答弁書

一及び三について
 御指摘の勧告は、法的拘束力を持つものではなく、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号)の締結国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではないと理解している。
 また御指摘の内閣官房長官談話の趣旨は、慰安婦の問題を長く記憶にとどめ繰り返さないという決意を表明したものであるが、特に具体的な研究や教育を念頭に置いたものではない。
 わが国の教科書検定制度は、申請された図書の具体的な記述について、義務教育諸学校教科用図書検定基準(平成11年文部省告示第15号)又は高等学校教科用図書選定基準(平成11年文部省告示第96号)に従い、教科用図書検定調査審議会の調査審議に基づいて、検定の時点における客観的な学問的成果や適切な資料等に照らして記述の欠陥を指摘することを基本として実施しているものであり、文部科学省としては、このような考え方に基づいて、適切に対応してまいりたいと考えている。

二について
 御指摘の検定意見は、沖縄における集団自決について、最近の著書等で軍の命令の有無が明確でないという内容の記述があること等を総合的に勘案して、教科用図書検定基準等に照らし、すべての集団自決が軍の命令で行われたと誤解されるおそれがあるとの趣旨で、教科用図書検定調査審議会の調査審議に基づき付されたものである。
 他方、慰安婦の問題を含め、教科用図書で具体的にどのような事象を取り上げ、それをどのように記述するかは、教科用図書検定基準等に添ったものとなっている限り、当該図書の著作者等の判断にゆだねられている。 


   12月24日 (2008年) 

 台湾・馬総統が被害女性への支援を約束
 台湾の馬英九総統は24日、総統府で台湾の「慰安婦」被害女性8人らと会見し、馬総統は被害女性らが日本に国家賠償を求めている活動について、総統の身分で今後も支援すると述べるとともに、慰安婦問題を台湾の教科書に記載することも支持する意向を表明したということです。 
 同席した「婦女救援社会福利事業基金会」の会長によれば、総統は台北市長を務める前の大学教授時代か「慰安婦」被害女性の活動を一貫して支持してきたということであり、また台湾の立法院(国会に相当)が11月、日本に公式の謝罪と国家賠償を求める決議を採択したばかりです。今後も台湾の動きに注視しましょう。


   12月5日


 日本軍「慰安婦」被害者ハン・ドスンハルモニが、12月5日金曜の夕方7時に亡くなられました。

 故ハン・ドスンハルモニは、1921年全羅北道ワンジュで生まれ、19歳の時に山に薪を集めに行ったところ強制連行され、満州で「慰安婦」という苦しい生活を強いられました。
 解放(終戦)と同時に帰国しましたが、「慰安婦」だっという事実のため故郷に定着できず、さすらいながら生活してきました。
 慰安婦申告後、ナヌムの家で暮らし、2005年からは全州ウネ村孝敬院で生活してきました。過去の交通事故、慢性関節炎などで動くのさえつらい中でも、水曜デモに参加されました。
 しかし、老患には勝てず昨日その生涯を終えられました。

 日本政府の責任回避と欺瞞が被害者の胸に杭を打ち続けている状況下、日本軍「慰安婦」被害生存者の数は日に日に減る一方です。
 韓国政府に登録した被害者は、現在94名だけが残っておられます。ハン・ドスンハルモニが亡くなられたことで、今年はこれまでに15名のハルモニが私たちのそばを去っていきました。

 ハルモニの行く道が寂しくないよう、日本からもご冥福をお祈りしたいとおもいます。


   11月11日

 韓国・札幌に続き、今度は台湾で決議があがりました!
 台湾立法院(国会に相当)は11日、第2次大戦中の従軍慰安婦問題に関し、日本に公式の謝罪と国家賠償を求める決議を採択しました。
 超党派の女性議員や元慰安婦の台湾女性らが立法院に提出した決議文は被害女性の名誉と尊厳を回復するよう要求し、「日本政府はきっぱりとした態度で歴史的責任を認めるべきで、謝罪と賠償を求める」としています。
 提案委員の一人、国民党の楊麗環・立法委員は、「この決議文が採択されたことで、すぐに実質的な効果があるとは期待していないが、少なくとも非常に辛い人生を歩んできた女性たちが、この決議によって生きていく目標を得られ、多くの人が彼女たちの苦しみを理解しているということを知ってくれればいいと思う」と述べています。

【決議文全文はこちら】


   11月7日

 日本国内での朗報です!!!
 本日7日午後5時過ぎ、札幌市議会で意見書が採択されました。


 「賠償」の文言が入ったこと、公明党も賛成したこと、政令指定都市として最初の決議であることなど、画期的な決議ではないでしょうか!
 文案は民主党が作成し、民主・公明・市民ネットワーク札幌・共産などの42名が賛成し、自民党2会派23名のみが反対しました。

 これで宝塚市、清瀬市、札幌市と3都市の決議があがったことになります。
 同じように地方議会決議に取り組んでおられる市民のみなさん、あとに続きましょう!

 

【意見書全文はこちら】

決議のために札幌市議会に働きかけた方からの報告です。

 札幌では、今年に入って日本軍「慰安婦」問題に関する市民集会が各種取組まれてきました。
 国際女性デーでの川田文子さんの講演とドキュメンタリー映画「おれの心は負けないぞ」の上映、ナヌムの家の李玉善ハルモニと村山一兵さんのお話しを聞く会、wamの渡辺事務局長を招いの学習会があり、八月の「心に刻む会」札幌集会では上杉聡さんが檄を飛ばしました。
 また、G8サミットの開催に向けて、北海道から市民の声を世界に発信する取組も行われていました。
 サミット期間中に札幌では「市民がつくる和解と平和国際シンポジューム」も開催されました。
 これら一連の取組の中で、慰安婦問題について、お話しを聞いて、それに感動しているだけでなく、何か出来る行動をしなければとの機運が醸成されてきました。
 宝塚市や清瀬市の市議会決議も私達に大きな勇気を与えてくれました。
 韓国国会の決議、国連の勧告など国際世論の高まりの中で、札幌市民の出来ることとして、市議会で意見書を政府に出してもらうことは出来ないかと各会派の市会議員に相談に行きました。
 そして、公明党、民主党、市民ネツトが積極的、主体的に奮闘してくださりこの度の意見書採択になりました。


   10月31日

 国連・自由権規約委員会による第5回日本政府報告書の審査結果である最終見解が、10月30日付で公表されました。「慰安婦」問題については、日本友和会(JFOR)ほかのNGOが意見書を提出しておりましたところ、同委員会は、そのパラグラフ22において、明快な意見を公表し、日本政府に立法等の措置を講じることによって、「慰安婦」被害者への公式謝罪、生存被害者への国家による補償、責任者処罰、教科書への記載、被害者を傷つける発言への適切な対応などを求めました。

 http://www2.ohchr.org/english/bodies/hrc/docs/co/CCPR-C-JPN-CO.5.doc

 なお、同委員会は、1998年11月19日付で第4回政府報告書に対する最終見解を公表しましたが、その際は「慰安婦」に関する勧告はなかったため、同委員会としては、この問題に関する初勧告となる点で注目できるものです。これについては、以下で外務省翻訳の日本語にて参照できます。

 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c2_001.html
 
 パラグラフ22. 
 委員会は、以下の点、すなわち、締約国が第2次世界大戦中の「慰安婦」制度に関して未だにその責任を認めていないこと、責任者が訴追されていないこと、被害者に支払われた補償は公的な基金というよりむしろ民間基金によってまかなわれたものであり且つ不十分だったこと、ほとんどの教科書が「慰安婦」問題には触れていないこと、及び何人かの政治家及びマスメディアは、事実を否定することによって被害者を名誉を傷つけ続けていることに関して懸念を持っている。
 締約国は、法的責任を認め且つ「慰安婦」制度に関して大多数の被害者が受け容れ可能な方法で率直に謝罪することによって彼女達の尊厳を回復し、生存責任者を訴追し、すべての生存被害者に対する権利としての十分な補償を行い、生徒及び一般公衆をこの問題に対して教育し、且つ事実を否定して被害者を傷つけるようないかなる行為に対しても論駁し且つ制裁を加えるべく、直ちに効果的な立法及び行政的な措置をとらなければならない。


   10月27日

 韓国国会は10月27日に本会議を開き、慰安婦被害者の名誉回復に向け、日本政府に公式謝罪と賠償を求める決議案を通過させました!

 決議案は、「1930年代から第2次世界大戦に至る間に、アジア・太平洋地域の女性を日本帝国主義軍隊の性奴隷化したことに対し、日本政府が被害者に公式謝罪するよう求める」としています。また、日本政府が反人権的犯罪行為について日本国内の歴史教科書で真実を十分に反映し、慰安婦被害者に被害賠償すること、日本の議会が関連法の制定を迅速に進めることを求めるとともに、これに向けた韓国政府の積極的かつ明白な役割を要求しています。

【決議文全文はこちら】


   10月8日

 韓国・第18代国会女性委員会で「日本軍‘慰安婦’被害者の名誉回復のための公式謝罪および賠償を求める決議案」が可決されました。
 過去、17代国会でも謝罪と賠償を求める3件の決議案がありましたが、任期満了で廃棄されていました。その事を考え合わせると、今回の決議は快挙です。
 決議内容と挺対協の声明を紹介します。

決議内容

1.大韓民国国会は、日本軍慰安婦被害者の名誉回復のため、1930年から第二次大戦にいたる期間、アジア・太平洋地域の女性を日本帝国主義軍隊の性奴隷化したことについて、被害者に日本政府が公式的に謝罪することを要求する。

2.大韓民国国会は、日本軍慰安婦被害者の実質的名誉回復がなされるようにするために、日本政府が反人権的犯罪行為について日本国内の歴史教科書にその真実を十分に反映し、慰安婦被害者に対し被害賠償をすることと日本議会が関連法制定を迅速に推進することを要求する。

3.大韓民国国会は、日本軍慰安婦被害者の名誉回復のため、国連人権委員会と国連女性差別撤廃委員会などの国際社会の勧告に従い、日本政府が公式謝罪・法的賠償および歴史教科書への反映を履行するよう、韓国政府が積極的で明白な役割をすることを要求する。

国会女性委員会の
「日本軍‘慰安婦’被害者の名誉回復のための公式謝罪および賠償を求める決議案」
議決を歓迎し
国会と政府の迅速な解決努力を要求する

 
 10月8日水曜日、国会女性委員会(委員長:シン・ナッキュン)は、「日本軍‘慰安婦’被害者の名誉回復のための公式謝罪および賠償を求める決議案」を議決した。シン・ナッキュン委員長の提案でなされたこの決議案は、大韓民国国会が日本政府の謝罪と賠償および日本国内の歴史教科書への反映と日本議会の関連法推進などを要求する内容で、本日会議で原案可決処理された。
 決議案の提案理由でも明らかにされているように、日本軍‘慰安婦’問題は第2次大戦当時の日本帝国主義軍隊によるアジア女性性奴隷化犯罪であり、この間国連の人権委員会をはじめとし国際社会では日本軍‘慰安婦’問題解決を求める流れが形成されてきた。特に、昨年にはアメリカ・オランダ・カナダ・EU議会でも日本政府の問題解決を要求する決議案が採択されており、国連人権理事会定期会議でもフランスなど、各国の勧告と質疑を含んだ報告書が採択されるに至った。
 国内外女性と市民社会の努力の中でこのような結果を出すまで、まさに最も諸手をあげて前に立つべき韓国政府は、日本の動向を探るのに汲々とし、海外では‘20世紀最大の人身売買事件’とまで言われた日本軍‘慰安婦’問題に対し最小限の要求や脅しひとつもできないまま時間だけが流れた。何よりも、高齢の体で世界を駆け回り、全身でむごたらしい記憶を吐露している生存者に、政府の消極的な対応と無関心、ひいてはようやく作り上げた成果さえ水の泡にしてしまうような没歴史的で反人権的な外交発言は、生存者の痛みを越え憤怒さえ起こさせるものだ。
 国際社会での日本軍‘慰安婦’問題解決のための努力は、現在も日々新しい連帯と支持の幅を広げ続けており、日本の宝塚と清瀬市議会での意見書可決を皮切りに、日本政府次元の対応を要求する市議会請願提出運動も活発に繰り広げられている。これ以上遅くなる前に、国民を代表する国会議員の役割を通じ、法律的で政策的な解決努力が可視化されるに従い被害当事国政府と犯罪の主体である日本政府が一日も早く問題解決のため前面に立たなければならない。
 これに、国会女性委員会での今回の決議案採択を歓迎し、国会本会での議決を目前に控えている今回の決議案が必ず採択されることとともに、すでに遅くはあるがこれ以上遅くなる前に国会と政府次元の迅速で誠意ある解決努力がなされることを期待する。

韓国挺身隊問題対策協議会 共同代表 ユン・ミヒャン(常任) ハン・クギョム