河野談話の見直しを許さず、加害責任の明確化を!

学習会「日本軍『慰安婦』問題 世界の人たちはこの問題をどう見ているんだろう?」から

 3月15日(土)豊中市において、(公社)アムネスティ・インターナショナル日本と「慰安婦」問題の解決を求める北摂ネットワーク・豊中の主催による学習会「日本軍『慰安婦』問題 世界の人たちはこの問題をどう見ているんだろう?」が開催されました。20人ほどの参加を得て、現在、日本軍「慰安婦」問題がおかれている現状や今後の課題についても話し合う、内容の濃い勉強会となりました。
 講師は渡辺美奈さん。アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の事務局長であり、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の共同代表もある渡辺さんは、この運動を通じて私たちにとってとてもなじみの深い人です。
 安倍首相は第2次政権発足当初から河野談話見直しを公言していましたが、様々な国際批判にあい、その姿勢はブレまくりました。日本維新の会は産経新聞などと歩調を合わせ、河野談話見直しを追及。菅官房長官が「検証する」と言明し、政権としても河野談話見直しに一歩足を踏みこんだかに見えました。しかし3月14日に安倍首相は「河野談話は見直さない」と発言し、朴槿恵韓国大統領は「幸いに思う」とコメント、米国務省は「前向きな一歩」と評価しました。現在、河野談話は見直さない、しかし河野談話の(証言ではなく文言調整の?)検証は行うという、奇々怪々な情勢となっています。この背景には日韓の関係悪化に危機感を覚えた米政権の圧力があったと伝えられていますが、この動きが日本軍「慰安婦」被害者の求める真の解決に結びつくか否かは不透明な(というか嫌な予感しかしない)情勢が続いています。
 今回の学習会も、現在の情勢に沿った、とても有意義な内容でした。

1.日本軍「慰安婦」問題を政治問題化してきたのは安倍首相
 安倍首相はこれまで何度も「『慰安婦』問題を政治問題化しない」と言い続けてきました。しかし渡辺さん曰く
 「政治問題化してきたのは100%安倍首相!」
と喝破し、これまでの歴史的な経過とともに、分かりやすく説明してくれました。
 第1次安倍政権時の2007年3月1日、安倍首相は「狭義の強制連行はなかった」と発言し、その後、辻元議員の質問趣意書に答える形で「強制連行を直接示すような記述」を示す資料がないと「閣議決定」しました。
 安倍首相の「狭義の強制連行」説は国際的な批判を浴び、4月の安倍首相訪米時にはブッシュ大統領に謝罪、なぜかブッシュ大統領がこれを「受け入れる」と言う訳の分からない茶番を演じました。しかし6月14日には日本の国会議員44人と右派人脈による「The Fact」をワシントンポストに広告掲載。この非常識さはアメリカの議員たちの怒りを買い、ハルモニのロビー活動もあって、7月30日には下院本会議で決議が採択されました。
 その後、オランダ、カナダ、EU議会、韓国国会、台湾立法院で決議が上がりましたが、これらに火を付けたのは明らかに安倍首相の否定発言でした。また安倍発言から1ヶ月後の7月31日には、国民基金が成果を上げられず日本政府のいいわけだけのために機能し終了したことも、重要な要因でした。国民基金は国際社会の目線から見て、明らかに責任ある謝罪や補償とは縁遠い存在だったからです。
 「河野談話見直し」を公言し、右翼色を前面に出すことで選挙に勝利した第2次安倍政権は、発足直後からまたもや国際社会の批判を浴びることになりました。日本社会のあからさまな右傾化を前に、私たちの方が孤立しているように感じますが、日本の常識は国際社会では非常識です。
 特に米政府に批判されて、安倍首相自身は河野談話見直しに言及することはなくなりました。しかし菅官房長官が下の日本政府の公式見解を繰り返し発言してきました。
 「これまでの歴史の中で多くの戦争があり、その中で女性の人権が侵害されてきた。21世紀こそ人権侵害のない世紀にすることが大事であって、日本としてもそのために全力を尽くしていく。さらに、慰安婦問題について、これは筆舌に尽くしがたいつらい思いをされた方々に非常に胸が痛む思いである。この点については、歴代内閣と同じように、安倍内閣も歴代の内閣と同じであります。さらに、安倍内閣としては、この問題を政治問題、外交問題にさせるべきじゃないというふうに考えています。前回の安倍内閣においてこの問題について閣議決定されたという経緯も踏まえて、内外の歴史学者、有識者の手により様々な問題について研究が行われている中で、この問題についても学術的観点から更なる検討が重ねることが望ましい。」
(2013.3.8、4.1、5.15予算委員会、5.22内閣委員会)
 「非常に胸が痛む思い」――これが安倍政権の日本軍「慰安婦」問題に対する公式見解なのです。
 そして「この点については、歴代内閣と同じように、安倍内閣も歴代の内閣と同じ」といいながら、これはあきらかに後退しています。「心からお詫びと反省の気持ち」(河野談話)という姿勢が全くなく、まるで人ごとのように「胸が痛む」と。これは到底加害国の態度とは思えません。加害者に「胸が痛む」といわれて、被害者がどれほど傷つくか、考えたことはないのでしょうか?
 しかも後段は「強制連行があったと示す公文書がなかったと閣議決定したから、それにそって歴史学者・有識者(という名のお友だち)に歴史を修正させる」というふうにも読めます。
 2013年5月13日、橋下市長は「『慰安婦』は必要だった」という一連の発言を行い、国内外から大きな批判を浴びました。これに対する安倍首相のコメントは、次のようなものでした。
 「もちろんこれは我々と立場が違うわけでございます。その上において、一々これは他党の党首の発言についてコメントする立場にはないということは申し上げておきたいと思います。」
 橋下市長にしてみれば、安倍首相の気持ちを代弁し援護射撃するための発言であったのに、こういう批判をされてはハシゴを外されたような気持ちでしょう。しかし私たちにとっては問題は別にあります。
 2008年10月の自由権規約委員会での日本政府報告書審査では、こう勧告されています。 
 「締結国(日本)は、被害者の大半が受け入れ可能で彼らの尊厳を回復させるような方法で『慰安婦』制度に対する法的な責任を認め、率直に謝罪し、生存している加害者を訴追し、すべての生存者の権利として適切な補償を行うために迅速で効果的な立法府及び行政府による措置をとり、本問題について生徒及び一般の公衆を教育し、及び被害者を中傷しあるいは出来事を否定するあらゆる企てに反論し及び制裁措置をとるべきである。」
 つまり安倍政権は、条約締結国として、橋下市長の「ハシゴを外す」だけではなく、「反論し及び制裁措置をとるべき」なのです。
 橋下発言は日本で報道されている以上に国際問題になりました。橋下発言の直後に開催された2013年5月の社会権規約委員会では、
「締結国(日本)に対して、彼らをおとしめるヘイトスピーチ及びその他の示威行動を防止するために、「慰安婦」が被った搾取について公衆を教育することを勧告する。」
と非難され、同5月の拷問禁止委員会でも
「(b)政府当局者や公的な人物による事実の否定、およびそのような繰り返される否定によって被害者に再び心的外傷を与える動きに反駁すること」
「(e)本条約の下での締結国の責務に対するさらなる侵害がなされないよう予防する手段として、この問題について公衆を教育し、あらゆる歴史教科書にこれらの事件を含めること。」
等と、勧告されました。
 このように、国際社会は、今私たちが産経新聞や週刊誌などのマスコミによって信じ込まされている「常識」とは真反対の、健全な感覚で動いているのです。

2.河野談話の見直しを許さず、日本軍「慰安婦」問題の責任をハッキリ認めさせよう!
 「河野談話の見直し」は安倍首相によって否定されましたが、「河野談話の検証」は奇妙な形で残っています。
 現在進行している「検証」とは「河野談話作成過程において、その実態を把握することが必要」(菅官房長官)ということのようですが、そもそもこの問題設定自体、理にかなっていません。これは河野談話の正しさそのものではなく、それが発表された1993年8月4日にさかのぼってそれが適正であったか検証しようという企みだからです。
 まず2007年の第1次安倍政権での「閣議決定」なるものがウソなのです。
 閣議決定では「同日の調査結果の発表(河野談話)までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」とありますが、当時「政府が発見した資料の中」にはバタビア裁判の資料があったことが明らかになっています。バタビア裁判とは1948年のBC級戦犯裁判で、オランダ人女性をで強制的に「慰安婦」にした日本軍将校の責任を問うた裁判です(スマラン事件)。したがってオランダ人女性の「強制連行」を直接示す公式文書は、当時から実在し、政府は所有していました。
 閣議決定ですから思いつきなどではなく、当然事実関係を確認しているはずです。安倍首相は資料が実在するのを当然知っていながら、ウソをついたとしか思えません。

 そして1993年8月4日以降、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような」資料がたくさん発見されています。
 もし河野談話を「検証」するのであれば、その作成過程ではなく、現在到達している学術的資料と照らしあわせて、内容の正しさを検証しなければならないでしょう。
 もちろんそれらの資料には証言も含まれなければなりません。歴史を否定したがる人たちは意図的に忘れようとしていますが、多くの日本軍「慰安婦」被害者が裁判を闘い、勝訴こそできませんでしたが、その裁判判決のなかで多くの事実認定を勝ち取っています。
 産経新聞は本来非公表であるはずの被害者16人の証言をリークし、鬼の首を取ったかのように騒いでいますが、そのようなもので証言の信頼性は全く揺らぎません。裁判判決によって認定された被害はすでに公の「事実」です。

 また百歩譲って「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」というのが、軍や官憲が直接被害者の自宅に押し入って人さらいをするような、そういう「狭義の強制」なるものの「公文書」をいうのであれば、それは一体どのようなものが想定されるでしょう? そのような命令書が存在しうるでしょうか? どのようなものが証拠としてありうるのか、むしろ安倍首相に教えてもらいたいくらいです。

 そしてもちろん、日本軍「慰安婦」問題の本質とは、そんなところにはないのです。2013年の拷問禁止委員会でギア委員が発言した内容が、まさに日本軍「慰安婦」問題の本質を言い当てています。
 「移動の自由が制限されていた点、表面では商業的と見えながらも実は軍の管理のもとにあった点、女性たちが人身取引によって連れてこられ、慰安所を離れることもできずに自分たちを捕らえていた者の命令に従わざるを得なかった点などが、被害者の証言、軍の文書等などの歴史的証拠から明らかにされている。詐欺や前借金による拘束など強制と虐待の手段のパターンについても歴史学者が研究を重ねてきたことを私たちは見てきた。」
 そして、橋下発言に代表される歴史歪曲発言に対して、こうも言及しています。もちろんこれは安倍首相にも当てはまるでしょう。
「橋下大阪市長が性奴隷や性搾取が必要だった、さらには、強制の証拠は示されていないと発言しているが、これは典型的な否定論者の説明であって、他の国や状況に関する場面でもさんざん聞かされてきたことであり、委員会としてはこのような主張は説明とは認められない。」
 渡辺美奈さんは「事実は圧倒的に私たちのが勝っている。あとはどう正義を実現するかだ」とおっしゃいました。
 日本国内では産経新聞や週刊誌の吊り広告が正義のような顔をして歩き回っています。ネットの世界でもそうです。被害者の感情を想起しながらちょっと勉強すれば誰でも分かりそうな事実が、事実として通用せず、へりくつの歴史修正主義がまかり通っています。
 学術的な論争はすでに終わっているのです。あとは政治・社会の問題です。
 安倍政権の歴史歪曲を許さず、河野談話をさらに発展させて日本軍の責任、日本の国家としての責任を認めさせましょう。