# トピックス


● サンフランシスコ リー市長の訃報


<朝日新聞デジタルより 関連記事>
http://www.asahi.com/articles/ASKDD7HLNKDDPTIL03W.html




・ 12月12日、サンフランシスコのリー市長の突然の訃報に接し
関西ネットからメッセージを送りました



《 メッセージ》 はこちら →





● <集会案内> 
日韓「合意」から2年 国際社会の声と かけ離れる日本の今 
                
〜日本軍性奴隷問題から見る〜





・日 時   12月17日(日)14:00〜(13:30開場)
・会 場   高津ガーデン(大阪府教育会館)
          <近鉄上本町駅 徒歩3分 / 地下鉄谷町九丁目 徒歩七分>
・資料代   800円(学生・障がい者 400円)
・主 催   日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク



  
     〜吉村市長に対する申し入れと、大阪市役所前抗議行動にぜひご参加ください〜
● 「慰安婦」記念碑の否定は歴史と女性の人権否定!勝手に姉妹都市解消するな!



上記行動は終了いたしました。
ありがとうございました。




《報告》 はこちら→





PDFファイルはこちら→


   #サンフランシスコ市
◆ 「慰安婦」記念碑の寄贈を受け入れて市の公共物に決定!


11月22日(日本時間23日)、エドウィン・リー市長は市民からの「慰安婦」記念碑の寄贈を受け入れるとした議会決議に署名しました。
これによって碑は完全に市の所有物となりました。
この間、吉村大阪市長は公開書簡を通してリー市長に「慰安婦」碑を市として受け入れないよう繰り返し求め、受け入れた場合は姉妹都市を解消する圧力をかけました。
11月14日、SF市議会で碑の受け入れが全会一致で決議されると、今度はリー市長に対して拒否権を発動するよう要求しました。
こうした中でリー市長が署名に踏み切ったのは、市長として市民と議会の意志を尊重し、女性の人権推進を願って判断したものです。
この間私たちは、リー市長あて要望書への賛同を集めて、日本の市民の声として届けてきました。 (要望書はこちら→)
署名の前夜(日本時間22日深夜)、私たちが送った要望書には個人賛同135名、団体賛同48件、さらに33件のメッセージが添付されていました。

このように、頂いた署名およびメッセージはリー市長のもとに間違いなく届けられました。
ご賛同とメッセージをいただいたみなさまには心より感謝いたします。
しかし、吉村市長はこれを受けてサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言しています。


★ 12月7日(木) ★

「慰安婦」記念碑の否定は歴史と女性の人権否定!
勝手に姉妹都市解消するな!
吉村市長に対する申し入れと、大阪市役所前抗議行動にぜひご参加ください



● 
米サンフランシスコ市に「慰安婦」記念碑〜
    「姉妹都市解消」をタテに妨害し続ける吉村大阪市長に抗議の声を!



◆ 吉村大阪市長にみなさんの声を届けてください!


9月22日、サンフランシスコ(以下SF)市内公園に市民によって建てられた「慰安婦」記念碑は予定通り、SF市に寄贈される予定でした。
2015年から準備され、当時の橋下市長の抗議や、日米の右派市民たちによる妨害もはねのけ、議会で全会一致で決定していたことです。
ところが、ここに至っても吉村大阪市長はSFエドゥイン・リー市長に繰り返し書簡を送り、「慰安婦」記念碑を公有化するなら姉妹都市関係を見直すと申し入れました。
「慰安婦」記念碑は戦争ではなく、平和を願い、女性の人権が尊重される社会の実現を願う市民の意思を象徴するものです。
記念碑の否定は、そうした市民の願いを踏みにじる、恥ずかしい行為です。
吉村市長はこの件でエドウィン・リー市長に会談まで申し入れています。 こうした独断的な市長の行為に対して、みなさまおひとりおひとりの声をぜひとも大阪市と吉村市長に届けてください。


大阪市 市民の声受付ページ
http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000006578.html



<朝日新聞デジタルより 関連記事>
http://www.asahi.com/sp/articles/ASKBZ61S3KBZPTIL01L.html


<毎日新聞より 関連記事>

https://mainichi.jp/articles/20171102/k00/00e/040/199000c



◆ 私たちのこれまでの取り組み


@ 吉村大阪市長のサンフランシスコ市「慰安婦」記念碑設置圧力に対して抗議文を送りました。   


A エミリー・ムラセ(サンフランシスコ市女性の地位局局長)さんに公開書簡を渡しました。

10月23日、大阪市とサンフランシスコ市の姉妹都市60年を記念して大阪市を訪問した代表団のお一人、エミリー・ムラセさんは同日大阪大学で開催されたセミナーで「男女平等の職場づくりとアドバイス」というテーマで講演をされました。関西ネットメンバーもその場に参加、終了後、ムラセさんに公開書簡をお渡ししました。


B SF市長および市議会議員に対して要望書を送りました。

吉村市長への抗議文提出に続いて、今回私たちは10月26日開催のSF議会予算委員会にむけて、SF市長と市議会議員に対して要望書を送ることにしました。
この要望書に対する市民の賛同を募ったところ、5日間で大阪市をはじめ大阪府内と全国から176筆の個人賛同をいただきました。
また、SF市民からの要請で手紙やメッセージも募り、ご協力を頂きました。


→ 詳しくはこちら





● 日韓学生・青年交流ナビツアー(2017/9/10~14)報告会
           
〜未来への扉をたたこう!〜 

上記報告会は終了いたしました。
ありがとうございました。

《報告》 はこちら→



7月の韓国「平和ナビ」メンバーの来日・交流事業に続いて、9月には日本から青年・学生たちが韓国を訪問し、1300回水曜デモに参加、ハルモニたちとの出会いやフィールドワークなど、交流を深めました。 ツアーに参加した青年・学生らが見たこと、感じたことを熱く語ってくれます。
ぜひ、聞きに来てください!!
日 時 : 11月17日(金) 19時〜21時
場 所 : ドーンセンター 4階 中会議室
      大阪市中央区大手前1丁目3番49号
       ※京阪「天満橋」駅、地下鉄谷町線「天満橋」駅1番出入口から東へ約350m
         ※JR東西線「大阪城北詰」駅下車。2番出口より土佐堀通り沿いに西へ約550m


参加費無料!


※ 平和ナビネットワーク  

2013年、ソウルで平和ナビコンサートを開催したことをきっかけに、日本軍「慰安婦」問題解決のために積極的に取り組もうと学生たちが集まりました。 その後各地にひろがって平和ナビ・サークルが形成、平和ナビネットワークがつくられました。  
様々なイベントを運営したり、大学ごとにセミナーやコンサート、フェスタなど、大学生がより参加しやすい企画・プロジェクトを展開しています。


  ☆7月に韓国「平和ナビ」メンバーが大阪駅前水曜集会に参加! 


# お知らせ




挺対協より訃報がありました



またひとりの日本軍性奴隷制被害者が亡くなられました。
忠清南道タンジンで暮らしていたイ・ギジョンハルモニが11月11日午前亡くなられました。

1925年に忠清南道タンジンで生まれたハルモニは、19歳ごろに日本軍の服を洗濯する仕事があるとだまされ連行されました。
家族にも知らされることなく連れ去られました。
プサンからシンガポール、ビルマの軍専用慰安所に動員されました。
解放後、軍艦に乗ってプサンへ到着、ソウルでお手伝いなどをしながら細々と暮らしました。
後に故郷へ帰ったハルモニは父親にだけ「慰安婦」生活を告白しました。
2005年、被害事実を知った妹に連れられて申告されました。

旧盆連休前に訪問したときは元気に笑ってくれたのですが、、、
ハルモニたちに時間はありません。
イ・ギジョンハルモニのご冥福をお祈りします。

韓国挺身隊問対策協議会









挺対協より訃報がありました



皆さま


2017年11月1日午前、日本軍性奴隷制被害者のひとりが亡くなられました。
ハルモニは、17歳のときにひとりで家にいたところ、区長と巡査が入ってきてとにかくついて来いといい、 恐れおののいた状態で何もわからないまま連行されました。
そして、タイ・シンガポール・ビルマとつれまわされ、ひどい苦痛を味わいました。
その後、大きな衝撃と恥ずかしさで身分を隠し、一人で苦しい生活をしてきました。
ハルモニは、昨日の夕方、いつものように床にふされましたが、 今朝確認してみるとすでに亡くなってられたそうです。
訪問のときには明るい笑顔を見せてくれたハルモニでした。
ハルモニが、生涯の苦痛をすべて忘れ、安らかに眠られるよう祈ります。
ハルモニのご冥福をお祈りします。
家族の意向により、葬儀は非公開で執り行われます。

韓国挺身隊問対策協議会







挺対協より訃報がありました



ハ.サンスクハルモニのお葬式を終えた今日(8月30日水曜) 午後3時ごろ、また一人の日本軍性奴隷制被害者が老衰で亡くなられました。
享年93歳。
1924年に生まれたハルモニは、親戚の家に養女に出され育ちました。村の洗濯場から台湾の慰安所に連行されました。
解放後、あちこちを転々としながら、食堂や農作業をして生計をたて、2001年に政府へ被害者登録されました。
ハルモニが亡くなり生存者は35名になりました。
ハルモニのご冥福をお祈りください。
また、一日も早く日本軍性奴隷制問題が正しく解決され、ハルモニの名誉が回復し心に平和がおとずれるよう、ともに努力していただけるようお願いいたします。
遺族の意向でハルモニや葬儀の内容は非公開です。







河床淑ハルモニ逝去



8月28日午前9時10分、日本軍性奴隷制被害者であるハ・サンスクハルモニが亡くなられました。
1928年に忠南ソサンで生まれ、今年かぞえで90歳になるハルモニは工場に行けばお金を稼げるという言葉にだまされ1944年に17歳で日本軍性奴隷として連行され苦痛を経られました。
解放後、故郷に帰ることができず、戦争の苦痛とともに戦後60年を中国で暮らした後、 ようやく故郷にもどることができました。
2000年には日本の東京で開催された「女性国際戦犯法廷」で北側の証人として参席され、 水曜デモや日本での集会など、日本軍性奴隷制問題解決のための活動に積極的に参加されました。
長い入院生活を送っていたハルモニは、 日本の公式謝罪も法的賠償も受けられないまま肺血症により亡くなられました。
これからは安らかに眠られることを願います。
ハルモニのご冥福をお祈りします。


 







黄有良さん逝去



中国人元「慰安婦」  黄有良さんが亡くなられました。
詳細につきましては産経ニュースをご覧ください。


http://www.sankei.com/world/news/170814/wor1708140052-n1.html






金君子ハルモニ逝去



1998年より20年余りナヌムの家で生活をされていた金君子ハルモニが7月23日、老衰で亡くなられました。
享年91歳でした。
日本政府からの公式謝罪も賠償も遂に受け取ることができず、痛恨の思いでいっぱいです。
金君子ハルモニの焼香所には学生・若者たちとカン・ギョンファ外交部長官をはじめ、国会議員らが次々と焼香に訪れました。
韓国の生存者は37名になりました。


「ナヌムの家」を訪問した鄭ヒョンベク女性家族部長官と対話をされる金君子ハルモニ(7/10)
<ハンギョレ新聞日本語版より>




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7月23日午前8時、京畿道広州ナヌムの家に暮らしていた 日本軍性奴隷被害者金君子ハルモニが亡くなられました。
1926年に平昌で生まれたハルモニは 17歳で日本軍に連行され苦痛を経ました。
1998年からナヌムの家で暮らしていましたが老衰で亡くなられました。
今年に入って二度ナヌムの家を訪問したときも体調がよくなく みんなが集まるリビングに出てくることもできないハルモニの部屋に会いにいきました。
うれしそうに迎えてくれ、おきあがっていろいろな話をきかせてくれました。
笑いながらまた来なさいと手を振ってくれたハルモニ。
これからは苦痛や痛みをすべて忘れ、安らかにお眠りください。
金君子ハルモニの冥福をお祈りします。

(挺対協)


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私たちが求める解決

大阪駅前水曜行動

映画「終わらない戦争」



日本軍「慰安婦」問題
関西ネットワーク


#大阪駅前水曜行動

〜 毎月第一水曜日 〜

1月3日(水)正午
大阪駅前ヨドバシ梅田前



☆ 水曜行動の様子はこちら ☆







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