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訃報



1月23日午前、韓国慶尚南道昌原におられる日本軍性奴隷制被害者がお亡くなりになりました。
ハルモニと遺家族の意思によりすべてのことが非公開とされています。
ハルモニのご冥福をお祈りします。

韓国の生存者は19人になりました







訃報



東ティモールの日本軍性奴隷制のサバイバーのひとりだった、エルメラ県ラサウンに住むマダレーナ・デ・ジェスス・バレトさんが、1月20日午前2時に亡くなったとの知らせが、東ティモール人権協会(HAK)からありました。

マダレーナさんのことはほんの少しだけ『東ティモール 戦争を生き抜いた女たち』(wamのカタログ)の29ページに紹介してあります。2000年の女性戦犯法廷のために、現地団体フォクペルス(東ティモール女性連絡協議会)が聞き取りをしたものがベースです。私は2001年にマダレーナさんを訪ね、ケマック語のおばあちゃんなので、直接コミュニケーションは取れなかったのですが、いつもにこにこ、私たちのことはよくわかっているようでした。自身のお話から推察して、86歳か87歳ぐらいではなかったかと思います。

日本政府からの謝罪も補償もないまま、またひとり亡くなられたことを残念に思います。ご冥福をお祈りします。

― 松野明久 東ティモール全国協議会 ―







訃報



日本軍の「慰安婦」にされたインドネシア・サラティガ出身のパイニさんが、 1月15日、昨晩に逝去されました。

パイニさんは、1930年ジャワ島のサラティガ生まれ。
13歳の時から日本軍のために食料を集める手伝いや食事の準備などをさせられ、 夜になると強かんされるようになりました。姉のサルミさんも同様の被害にあっ たといいます。戦後も、村では「日本の使い古し」と呼ばれ婚約が破棄されたり しましたが、「私は使い古し」と言っても好きだと言う男性に出会い、 子どもにも恵まれました。

2015年10月、オランダの写真家、ヤン・バニングの写真展をwam主催で 開催しましたが、そのインタビュー調査を担当して本を出版した、 ヒルデ・ヤンセンさんが、パイニさんの曾孫さんから連絡があったと知らせてく れました。最期は、子どもや孫、曾孫に囲まれ、静かに息を引き取ったそうです。

パイニさんは、2015年にTBSの「報道特集」でも紹介されました。ヒルデさんが 最後に訪ねた2018年にも、日本政府が無視し続けることに憤り、希望を捨ててい なかったといいます。

ご冥福をお祈りします。

−アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)−



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